銀行員が大変な理由は本来の地域貢献に繋がっていないから

銀行を志望した理由の一つに地域貢献をしたい思いを持っていた

就職活動をした時期はもう15年も前の話になってしまいますが、当時はほぼ金融機関一択という就職活動をしていました。

そして、晴れて地元の金融機関に就職ができた私ハヤスズですが、就職後見事に3年で退職。

現在の職場で12年勤めているので、社会人歴は15年目を迎えております。

今更当時の就職活動を思い出すというのも徐々に難しくなってきますが、『どうして金融機関への就職を志望しているか?』と聞かれると、本音の部分では銀行員の待遇への憧れ、また、当時は就職氷河期とも言われるくらい今より就職が難しい時期だったので、安定した職場への憧れ、そして、銀行員として地域のお金を世の中に回すという仕事の重要性への憧れというものがありました。

今となっては銀行員の待遇もずいぶん魅力がなくなってきつつありますが、当時ではやはり魅力のある業界の一つでした。

そして、肝心な本来業務である『地域経済の心臓役』『地域貢献度の高い職業』としての憧れの部分。

銀行員としての待遇に憧れつつも、その業界を志望するには、その仕事への魅力も当時は感じていたわけです。

地域経済のお金を回す役割ってなんだかダイナミックな仕事しているイメージあるじゃないですか。

今となっては、その頃から徐々に銀行業界も大変な時代へ突入しつつあったんだなって実感しますが。

銀行員の地域貢献とは本来の目的とはまったく異なるものだった

そんな憧れていた業界へ就職できたわけですが、実際の銀行員としてのお仕事はどうだったのか?

本来の意味で地域貢献できている仕事なんてほとんどありません。

私が生まれた頃の景気のいい時期は資金需要が多く、ビジネスチャンスに資金が必要とする企業が多くて、銀行はその中で資金を準備するという本来の銀行業として地域貢献ができていたのでしょうが、私が就職した時期はすでにそんな時代は一昔も二昔も昔の話で、経済がしぼんでいる状態では資金を必要とする企業も少なく、一方で貸倒れになるリスクの高い企業には資金を貸し出すのを渋っている今の銀行業界が低迷しはじめる初期の頃でした。

そんな資金需要が減少している時期には金利も下がりますし、金利が下がると銀行の本来業務である金利からの収入というのも減少してきます。

金利収入が減少してくると他に収入源となるビジネスを見つけないといけないということで、この頃から徐々に金融商品、いわゆる投資信託や変額保険などの窓販などがこの頃から推進されるようになってきました。

この金融商品の販売がまた曲者で、今でもこの金融商品の販売に頭を悩ませている銀行員も多いと想像しますが、とにかく、自分たちの収益を確保することが第一優先で、顧客が金融商品で損をしようが利益が出ようが全く関係ない。

本来金融商品は購入のタイミングが大事であるのに、自分たちが収入を得るために、とにかく毎月毎月金融商品のノルマを課せられ、ノルマのためにとにかく商品を売りつけていかないといけないというお客さんに対しての申し訳ない気持ちと背に腹は代えられないという自己防衛の気持ち。

銀行に就職したいと願っていた私達がイメージしていた『地域経済の心臓』『地域貢献』とはまったく真反対の仕事をしている自分たちの姿に苦しむのです。

これは本来業務である貸金にも同じようなことがありました。

本当に資金を必要としている企業があっても、財務内容が悪いと貸し出さない、もしくはめっぽう高い金利を提示する。
(だいたい、この頃資金需要があるのは運転資金が枯渇しそうで資金を必要とするあまり内容の良くない企業が多かったというのもありますが)

優良な企業には、資金を必要としていないのにお願いして借りてもらい、お願いした手前、とんでもなく低い金利で貸出を行う。

リスクが高いところには高い金利でそのリスクを担保するというのは当然のことですが、このメリハリが効きすぎていて人が本来持っているであろう良心の部分で疑問を感じてしまう。

こんな、『現実』と『理想』の部分が就職を希望していた自分たちのイメージと相反しすぎていて銀行員としての自分に失望してしまうのです。

おそらく、今でのこの銀行内部の事情はそう大きく変わっていないでしょう。

とにかく自分たちの利益が最優先として行動するのが銀行であり、銀行員の宿命。

地域貢献ができないことだけではなく銀行の内部事情にも失望する

銀行員はとにかく最初に軍隊のような規律で、とくに渉外や営業係は大きなノルマを課せられます。

支店長の命令には絶対で、ノルマの数字を絶対に達成するように営業をかけていく空気が熟成されています。

この支店長からのプレッシャーによって、渉外担当者は自分の意思とは裏腹な融資を実行したり、金融商品を獲得していく。

渉外担当者個人レベルであれば本来はしっかりした計画を立てた融資実行、タイミングをみての金融商品の購入を勧めたいんです。

それにもかかわらず、強烈なノルマへのプラッシャーにより、時期を早めた融資実行や金融商品を購入させる。

そして、この無計画な行動が後を引くのです。

それは、銀行員には転勤がある。

今の担当者が実行した融資や金融商品はその担当者が異動でいなくなったタイミングで問題が出てくるのです。

融資の返済が滞りだす、金融商品が大幅に値を下げる。

これにお客さんからもクレームが出始める。

お客さんも最初は調子よく融資を受けたり、金融商品を購入したりするんです。

最初は将来に向けてポジティブなイメージが優先するので、明るい未来を想像しているんです。

でも、一旦状況がおかしくなってくると、自分の意志で契約しましたという書面も取っているにもかかわらず、それを実行した、販売した金融機関へ不満を漏らすようになってきます。

中には、当時の担当者がいい加減なことを言ったり、説明が足らない状態で販売した例もありますが、とにかく都合が悪くなってくると当たれるところに当たるというのがよく見られました。

結局、お客さんの都合を完全に無視した営業活動は本来発生しなかったであろうトラブルを引き起こすこともあり、そのトラブルを自分のあとの担当者になすりつけるようなことだって起こるんです。

『信用』で商売をしている銀行が、お客さんの『信用』を損なうような営業をしないといけないということに銀行員として息苦しさを感じますし、この息苦しさをどう自分の心の中に収めるか、この狭間で今日も自分の意志と矛盾する営業をしないといけない大変さが銀行員が銀行から離れていこうとする理由の一つでもあり、さらには銀行からお客さんが離れていく理由にもなっている気がします。

銀行員である大変さではなく本来の意思と反する大変さ

銀行員が大変であるというのは、銀行の仕事が大変という意味よりも、本来自分がやりたいと考えていたことと現実に行動していることの矛盾を受け入れることが大変なのです。

銀行が銀行員がその役割を維持していくため、自分の待遇を保持し続けるために意思に反する営業を行うことも必要ではあるでしょう。

しかし、銀行の役割が世の中として縮小してきている現実を見ずに、自分たちだけの利益、存在し続けることだけを優先している姿にはそこで働いている銀行員も苦しめることになりますし、そんな姿を見せられた顧客はいずれ完全に銀行からは離れていってしまいます。

だから、今こそ銀行の都合優先ではない、お客さんの要望に沿った提案や需要の見極めが必要です。

そこで働いている職員が充実感を得ることができない仕事、大変だと感じる仕事は世の中に無理強いして存在している企業です。

銀行員が大変ではなく、銀行の都合と銀行員としての役割に挟まれて悩まされるから銀行員は大変になるのです。

自分がやりたい仕事ができているとすれば、それを大変さとして感じるでしょうか。

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